つなぐ

遠くて行けないお墓参り——申し訳なさを抱えたままにしない、3つの考え方

行けないことは、想っていないことではありません。

お墓の前で、タブレットの画面ごしにビデオ通話でお参りする様子

2026.09.07 文・川崎 誠

実家のお墓は広島。自分は東京や大阪、あるいは海外。お盆が近づくと「今年も行けないな」と思い、お彼岸が過ぎると「また行けなかった」と小さく胸が痛む。仕事、子育て、親の介護、自分の体調。理由はいくらでもあるのに、申し訳なさだけが残る。

この記事は、そんな方に向けて書いています。つなぐは広島県内のお墓へ伺い、ビデオ通話でご家族とご一緒にお参りする会社ですが、ここでお伝えしたいのは「頼んでください」ではなく、「行けない」との付き合い方です。

なぜ、行けないと申し訳なくなるのか

お墓参りは、亡くなった方のためであると同時に、残された自分のための時間でもあります。手を合わせることで、自分の中の区切りがつく。それができないと、区切りのつかない気持ちが、年に何度もやってきます。

もう一つは、周りの目です。親戚から「お墓、どうしてるの」と聞かれる。近所の方が手入れをしてくれていると聞く。ありがたい反面、自分が何もできていないことを突きつけられるようで、つらくなります。

ただ、はっきり言えることがあります。行けないことは、想っていないことではありません。行けないことを気にしている時点で、その方はもう十分に想っています。

考え方その一:「行く」以外の形で、手を合わせる

お墓参りの中身を分けてみると、「お墓をきれいにすること」「お花やお線香を供えること」「手を合わせること」の三つです。このうち、手を合わせることは、どこにいてもできます。

家に写真を置いて、朝に一言かける。命日に、その方の好きだった食べ物を用意する。遠くの空に向かって手を合わせる。形式ではなく、想いを向ける時間があるかどうかが大切です。まずは、家でできることから続けてみてください。

考え方その二:「一年に一度」を、自分の約束にする

お盆もお彼岸も命日も、全部に行こうとすると、全部行けなくなります。年に一度だけ、必ず行く日を決める。それだけを守る。周りの基準ではなく、自分の基準を持つと、申し訳なさは小さくなります。

帰省のついででも構いません。「今年は秋に一度」と決めたら、その一度を大切に。行けた年は、それで十分です。

考え方その三:「誰かに頼む」を、逃げだと思わない

お墓の掃除やお供えを人に頼むことに、後ろめたさを感じる方がいます。「自分でやるべきなのに」と。けれど、遠くから想いを届ける方法として、誰かの手を借りるのは自然なことです。昔から、近所の方や親戚にお願いしてきた家はたくさんあります。

頼み方にも種類があります。掃除とお供えを代わりにしてもらい、写真で報告を受ける形。そして、お墓の前からビデオ通話をつないでもらい、自分自身が画面ごしに手を合わせる形。つなぐは後者で、「代わりに」ではなく「一緒に」お参りする形をとっています。どちらが正しいということではなく、ご自身の気持ちに合う方を選んでください。

つなぐができること

つなぐは、広島県内のお墓へ伺い、お墓の清掃、お花(造花)とお線香のお供えをして、その場からビデオ通話をおつなぎします。ご家族は、ご自宅から画面ごしに手を合わせていただけます。当日ご都合が合わなくても、写真と動画の「お参りのご報告」を後ほどお届けしますので、ご覧になりながらゆっくり手を合わせていただけます。

最初にお聞きするのは、お墓の場所ではなく「生前は、どんな方だったんですか?」です。ご相談だけでも構いません。

よくある質問

問:何年も行けていません。今さら行っていいのでしょうか。——答:もちろんです。久しぶりに行くことを責める方は、お墓の中にはいません。

問:遠方に住んでいても頼めますか。——答:お墓が広島県内にあれば、全国どちらにお住まいでも大丈夫です。

問:スマホやビデオ通話が苦手です。——答:ご希望の方法に合わせます。通話が難しければ、写真と動画でのご報告だけでも大丈夫です。

まとめ

行けないことを、想っていないことにしない。家でできる形で手を合わせる。年に一度の自分の約束を持つ。そして、誰かに頼むことを逃げだと思わない。この三つを持っていれば、遠くにいても、想いは届きます。

会えない距離も、想いはつなげる。つなぐは、そう信じて広島のお墓へ伺っています。

ご相談だけでも、構いません。

LINEで相談する

コラムの一覧へ

お読みいただき、
ありがとうございます。
ご相談だけでも、構いません。

トップページへ戻る

お電話で相談LINEで相談